広告

1992年6月23日に東京・両国国技館で行われた協栄プロモーション興行で、勇利・アルバチャコフ(協栄・当時のリングネームはユーリ海老原)が、WBC世界フライ級王者ムアンチャイ・キティカセム(タイ)を、倒し倒されの壮絶な打撃戦の末、8回KOで破り世界王座を獲得したリングのメインイベントを務めたミッキー・ローク(米)が苦境に陥っている。

映画俳優として映画『ナインハーフ』や『エンゼル・ハート』、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』で主演を務めた人気俳優ロークは、プロ3戦目でダレル・ミラー(米)とライトベビー級6回戦で対戦。初回、ロークは右手で相手の顔面を上から下になでるような一撃でミラーをKO。

観客もテレビの視聴者も驚き、失笑したこのパンチは“猫パンチ”と呼ばれ、いわば伝説となっている。古いファンは覚えておられる方も多いだろう。チケットの売り上げにも苦しんだこの興行の唯一の救いは、勇利が92年度の年間最高試合にも選出された好ファイトで、世界王座を獲得した事だけであった。

Yuri Arbachakov vs. Muangchai Kittikasem
広告

映画俳優として一世を風靡したローチも時代の波に押されのか、米・ロサンゼルスの自宅の家賃滞納額が約6万ドルに上ると報じられた挙句、自宅からの退去命令が発せられた。これを受け、ロークはファンに対し「立ち退きの危機に瀕している」と伝え、クラウドファイテンィングの設立に同意。

寄付金が「差し迫った住居関連費用」の負担と、彼が「再起を図る」間の生活の安定に役立つとされ、既に僅か24時間で目標額に到達する勢いを見せているが、原因は長年の浪費とされ、高額1ヶ月の家賃(7千ドル・約110万円)に対する批判の声も多数あがっている。

ロークが派手な外車に乗せられて協栄ジムに来た時、トレーナーとして就いていたのが、まだ駆け出しだったフレディ・ローチ(米)。ローチは1986年10月に現役引退した後、指導を受けたエディ・ファッチの下でトレーナー修業を始めたが、それだけでは食えず、様々なアルバイトをしながら、自作のビラを配っては指導相手を見つけるという厳しい時代を過ごしていた。

Mickey Rourke & Freddie Roach
広告

そんなローチがようやくトレーナーとして食べて行けるようになったのは、ロークのトレーナーを引き受けてからで、1994年9月の試合を最後にロークがリングから離れると、ローチはロークが使っていたトレーニング機器を譲り受け、米・ロサンゼルスにワイルド・カードジムを設立。

ローチは2002年2月に佐藤修(協栄)選手の挑戦を受ける、WBC世界スーパーバンタム級王者ウィリー・ホーリン(米)のトレーナーとして、再び協栄ジムに姿を現している。

ボクシング界、ローチにとって恩人ともいえるロークだけに、このどん底から這い上がってもらいたいものです。

広告