1976年7月17日(日本時間18日)にメキシコ・メヒカリのカラフィア闘牛場で行われたWBA世界ウェルター級タイトルマッチで、18歳6ヶ月21日の挑戦者ホセ・ピピノ・クエバス(メキシコ)が、王者アンヘル・エスパーダ(プエルトリコ)を2回2分37秒TKOで破り、史上最年少の世界ウェルター級王者となってから今年で50年。いまだにこの記録は破られていない。
メキシコ・ボクシング界を牽引し、ファイティング原田(笹崎)選手と1勝1敗のジョー・メデル、具志堅用高(協栄)選手から世界王座を奪って行ったペドロ・フローレスらの名選手らを育成した敏腕マネジャー&トレーナーのルペ・サンチェスの最高傑作といわれるクエバスは、1971年11月に13歳でライト級でプロデビュー。しかし、あえなく2回KO負けという厳しいスタートとなった。
3戦目にも負け、1973年5月に初10回戦でメモ・クルス(メキシコ)=後、アルフレッド・エスカレラに勝ち=に10回判定で敗れた時点では5勝(5KO)4敗。とても明るい未来は見えていない。しかし、クエバスはここから徐々に力を付けて行き、1975年9月にはホセ・パラシオスに勝ちメキシコ・ウェルター級王座を獲得。これはコミッションから義務付けられての同門対決だった。
1976年4月、ラファエル・ピアモンテ(コロンビア)を初回で倒すと、8連勝のクエバスに世界王座挑戦の計画が進められる。時の王者はホセ・ナポレス(メキシコ)の王座返上に伴う決定戦で、クライド・グレイ(カナダ)を破ったアンヘル・エスパーダ(プエルトリコ)。

地元リングでのエスパーダ挑戦の契約が締結された後、世界7位クエバスには世界前哨戦がセットされ、1976年6月2日(日本時3日)、米・ロサンゼルスで黒人技巧派のアンディ・”ザ・ホーク”・プライス(米)と対戦。しかし、クエバスはジャッジ3者が揃って1ポイント差とする接戦を落とす。
世界挑戦内定者がまさかの判定負け。関係者は慌てたが、契約が終わっていたことが功を奏し、クエバスの世界戦は予定通り行われる事になった。だが、2度目の防衛戦となるエスパーダの前評判は高く、熱狂的な地元ファンでさえ、1ヶ月前にノーランカーに敗れている挑戦者の勝利は予測しがたく、チャンピオン圧倒的有利の予想の中で試合開始のゴングが鳴った。
初回。エストラーダは余裕を持って挑戦者の大振りパンチを外し、軽快なフットワークから鋭い左ジャブをビシビシ決める。2回。相変わらず大きな左フックを放って前進するクエバスだが、パンチは空を切るばかり。テクニックで圧倒的に上回る王者は、挑戦者をゥなくあしらっていた。
その均衡を破ったのは強引に振られたクエバスの左フック。予想外のパンチを喰らったエスパーダは、キャンバスへ落下。ガッツ石松vsゴンサレスでの悪名高いレフェリングで、WBCを追放されたラリー・ロサディラ(米)主審のカウントを聞き、辛くも立ち上がったエストラーダだが目はうつろ、効いている。

試合は再開されたが王者は動けない。エンジン全開の挑戦者は右ストレート、左フックの上下打ちで襲い掛かり、またしても強烈な左フックを打ち込みダウンを奪う。エストラーダはよろけながらロープを掴み、かろうじて立ちあがったが、もはや戦意はない。それでもロサディラ主審は強引に試合を続行。次の瞬間、前にふらりと傾いたエストラーダにクエバスの左フックから右が決まり、王者が三度キャンバスへ崩れ落ちるとようやく試合をストップ。
大方の予想を覆し、18歳6ヶ月21日という史上最年少の世界ウェルター級王者が誕生した。とはいえ15勝(13KO)6敗1分というクエバスのレコードは、挑戦者群からすると絶好の狙い目に映った。親日家のサンチェス氏が初防衛戦の相手に選んだのは、日本が誇るサウスポーのテクニシャン辻本章次(ヨネクラ)選手。
”遅れてやってきた挑戦者”にも十分チャンスありと見られていた試合は、5回まで辻本選手がクエバスの強打をうまく空転させ、「ひょっとしたら」の期待を持たせたが、第6ラウンド、パンチが当たるあまりに打ち気にはやった辻本選手に、待ってましたとばかりにクエバスの左フックが炸裂すると、3度のダウンで試合終了。辻本選手はしばらく起き上がる事が出来なかった。

クエバスは辻本戦を皮切りにKOの山を築き、4年間で11度(10KO)の防衛に成功。その強打で複数の挑戦者のアゴを叩き割り、歴史的評価の高い王者に成長。しかし、1980年8月、米・デトロイトでトーマス・”ヒットマン”・ハーンズ(米)との強打者対決に2回TKOで敗れ王座を失うと、一気に下降線を辿って行った。
そして、クエバスに勝った男プライスは、WBA世界9位にランクされ再戦の時を待ち望むが、それもつかの間、7月30日(31日)にロサンゼルスでジョー・バッケダノ(メキシコ)の左フックで6回KO負け。怪物クエバスの左フックを10回に渡り交わし切った男が、左フックで沈むとは何とも皮肉。
キャリア2度目の敗北を擦り付けられたプライスは、落胆したのか次の試合も落とす。1979年9月のシュガー・レイ・レナード(米)との北米タイトル戦では初回KO負け。怪物に勝った男は、ついに一度も世界戦のリングに立つ事無くリングを去っている。
クエバスは2002年に国際ボクシング名誉の殿堂入り。真面目な怪物は今でも、人気者である。
