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1984年8月18日、韓国・浦項で前WBA世界ライトフライ級王者の渡嘉敷勝男(協栄)選手が、WBC世界同級王者張正九(韓国)へ挑戦。暑い夏だった。東京から空路、釜山市の金海国際空港に到着。山縣孝行プロモーターの手配でタクシーに分乗。ところがこのタクシー、クーラー等付いていない。目的地、古都”慶州”まで約1時間半、古ぼけたタクシーはハイ・スピードで走り抜けた。

宿泊するホテルは”マンハッタン・ホテル”。名前は立派だが、ビジネスホテルに毛が生えたような宿。ここには挑戦者の渡嘉敷選手も宿泊。一方のチャンピオン張は近くのリゾート・ホテルに陣取っていた。

試合は慶州市から車で約30分程の距離にある浦項(ポハン)市の総合体育館で行われる。早い段階で契約を終えていた両者のタイトルマッチは日本開催が予定されていたが、韓国コミッションが世界王者の海外行きを善しとせず、4度の延期。揉めに揉めた末に韓国開催が決っていた。

Katsuo Tokashiki
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渡嘉敷選手は金煥珍(韓国)からWBA王座を奪い5度の防衛に成功。そのうち2回は韓国人選手を下している実績から、韓国での知名度は高かった。しかし、21才の張は名王者イラリオ・サパタ(パナマ)をKOして世界王座を獲得して以来、ヘルマン・トーレス(メキシコ)、ソット・チタラダ(タイ)と、後の世界王者相手に防衛記録を伸ばし、今度が4度目の防衛戦。韓国が生んだ”最高の世界チャンピオン”と評価され、抜群の人気を誇っていた。

Jung Koo Chang
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渡嘉敷選手にとっては初の海外試合、初めての12回戦制の世界タイトルマッチ。「今日は行くからな。KOでしか勝てない。考えない」と、その決意は固い。計量後の散歩ではリラックスそのものだったが、控え室では気合十分。虎の目に変わった。

Katsuo Tokashiki
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試合会場の浦項市体育館は長蛇の列。この時代、韓国の試合会場は全て自由席。入口で折りたたみ椅子を受け取り、好きなところで見る。つまりフロアの好きなところに自分で座席が設定できる仕組みで、早い者が良い場所で観れる。真新しい体育館は9000人の大観衆で埋まった。

Katsuo-Tokashiki-vs.-Jung-Koo-Chang
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初回開始のゴングが鳴る。渡嘉敷選手はいきなり打って出た。ガンガン前に出る。自分で決めた事をリングの上で、迷わず実行に移せる意思の強さは渡嘉敷選手の強みだ。だが、張もこれを正面から迎え撃ち、試合は開始早々から激しい打撃戦となる。

渡嘉敷選手の振りが大きい。空振りが多いがガンガン前に出る。王者のパンチは小さく正確にヒットしている。しかし、展開は渡嘉敷選手の望む「技術なんていわせない打撃戦」の様相を呈し、ど突き合いになる。終盤、赤コーナーに王者が詰まったと見るや、渡嘉敷選手は猛ラッシュ。場内騒然。刹那、王者の左フックがカウンターで炸裂。渡嘉敷選手はこらえながらもしりもちを付く格好でダウン。デビュー以来初めてカウントを聞いた。

Katsuo Tokashiki vs. Jung Koo Chang
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再開後、王者がすかさず猛攻。場内は大歓声で包まれ、回りの声も聞こえない。と、突然レフェリーが割って入った。エッ、ストップか。いや、ゴングが鳴っていた。大歓声がゴング音を消していた。タイミング的にはストップであってもおかしくないほどであった。大観衆は喜びの余韻にひたっている。

第2ラウンド、渡嘉敷選手は初回のダウンなどまるで気にせず、再び前に出る。張のパンチが良く当たる。しかし、下がりながらのパンチ。押し込む渡嘉敷選手は空振りが多いが、全て空振りする訳ではない。何発かはヒットし、張は後退する。

第3ラウンド、いきなりの忙しい展開となり、減量苦が噂されていた王者には早くも疲れが見える。渡嘉敷選手は相変わらず元気に前に出る。そしてパンチが当たり始める。観衆は静かになった。張の手数が減る。しかし、少しでも王者のパンチが”かする”だけで「ワァ~」と大歓声。やはり適地だ。

第4ラウンド、ガンガン前に出る事をやめない渡嘉敷選手。この回、王者は一時サウスポーにスイッチ。疲れをごまかし目先を変えようとする。張のパンチはヒットしているが効果はない。

第5ラウンド、ペース配分のない打ち合いに巻き込まれ、張の疲労が激しい。王者は体を寄せて距離を潰しに出た。渡嘉敷選手の動きは変わらず、元気に前に出る。そしてヒットが増えて来た。連打、連打で攻め立てる。張がクリンチに逃げる場面が目立って来た。

第6ラウンド、張も持ち直し激しい打ち合いに終始。お互いのパンチがヒットしあう。技術云々はもう関係ない。魂のぶつかり合いのような試合。

第7ラウンド、張は疲れ果てた。渡嘉敷選手に疲労の色はない。パンチのダメージもなく顔もきれいだ。ただ、気合が入りすぎパンチが大きい。もう少し小さく、一発でもショートでパンチを打ち込めば、張は気持が折れてしまいそうだ。すっかり動きが鈍くなった王者は、触っただけであがる大声援に支えられ、かろうじてパンチを返す。

Katsuo-Tokashiki-vs.-Jung-Koo-Chang
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「あそこで、アウトボクシングに切り替えられたら。渡嘉敷はそれが出来る選手だった」(大竹重幸氏)

第8ラウンド、ホールド連発の張がスリップ・ダウン。俄然、渡嘉敷選手のパンチが当たりだす。突進力の衰えない挑戦者と疲労困憊の王者。チャンスがやって来た。王者のパンチにはもはや威力はない。渡嘉敷選手が打ちまくっているさなか、突然の試合中断。張のグローブ・テープがはがれていた。それにしても、中断するタイミングではない。挑戦者コーナーは猛抗議。

第9ラウンド、渡嘉敷選手元気に突進。張は本当にフラフラ。これならいける、倒せるぞ。王者を追い掛け回す挑戦者。チャンス。しかし、またもやグローブ・テープのまき直し。露骨な時間稼ぎだが、観衆は怒らない。思わず声が出る。「何やってんだ。バカヤロー」。チャンピオンコーナーはゆっくり、ゆっくり時間をかけてテープを巻きなおす。

再開後も渡嘉敷選手が攻勢、王者のパンチは当たらない。ラウンド半分を過ぎた頃、張が狂ったように突然手を出す。ローソクの火が消え去る最後のように。現場ではそう見えた。よくある最後のヤケクソ反撃。これで、最後の力は尽きる。この回、終了ゴングまでは持たないだろう。

張は押すような右ストレートを連発。効いてなどいないが、渡嘉敷選手がちょっと戸惑ったように見えたその刹那、レフェリーが割って入ると、突然王者の手を上げた。1分47秒。唖然とする敗者。

Katsuo Tokashiki vs. Jung Koo Chang
Katsuo Tokashiki vs. Jung Koo Chang
Katsuo Tokashiki vs. Jung Koo Chang

続行不能なほどのダメージがある場合、カウント取らずにストップもありえるが、深刻なダメージなど何も無い。渡嘉敷選手はしっかり立っている。一方の勝者・張正九は、ストップと同時にリングに崩れ落ちた。

試合後の張は、「私はギブ・アップ寸前だったが、多くのフンのために頑張った」とコメント。生き残った張は15度の防衛に成功する名王者となる。それにしても、これが渡嘉敷選手のラスト・ファイトになろうとは思いもよらなかった。しかし、素晴らしい試合でした。

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