世界ウェルター級王座を通算13度防衛した名王者ホセ・ナポレス(キューバ➟メキシコ)から、WBC世界ウェルター級王座を奪ったジョン・H・ストレーシーが、FIFAワールドカップ2026へ出場するイングランド代表への想いをこめた「66 ALL OVER AGAIN」を5月18日(日本時間19日)にリリース。国際ボクシングの殿堂入りも果たしているストレーシーは、現在、楽曲制作を行い歌手として活動している。

アマ戦績113勝1敗。1958年8月にキューバ・ハバナでプロデビューを果たしたナポレスは、1961年のキューバ革命で全てのプロスポーツが禁止されると 同年7月、身重だった妻を残して単身メキシコへ亡命。1964年には世界スーパーライト級1位にランクされるが世界挑戦の機会には恵まれず、1967年にはウェルター級で世界1位に躍進。

指名挑戦の制度がなかった当時、強かったナポレスは敬遠され続けたが、1969年4月、ようやく世界王座挑戦のチャンスを掴むと、世界ウェルター級王者カーチス・コークス(米)を13回終了棄権に追い込み世界王座獲得。ナポレスは既に29歳となっていた。3度防衛後、偶然のバッティングによりカットした目の上の負傷による4回TKO負けでビリー・バッカス(米)に一度王座を奪われたが、再戦では8回KOで王座を奪回。

その後、10度の防衛に成功していたナポレスは、1975年12月にメキシコシティでストレーシーの挑戦を受ける。1968年のメキシコ五輪に英国代表として出場したストレーシーはベスト8で敗退。翌年のプロ転向以来着実にキャリを積んで来たストレーシーは、10連勝(9KO)の勢いで難攻不落のナポレスの王座に挑んだ。

John H Stracey vs. Jose Napoles

「僕はすごく自信があった。メキシコは僕に合っていた。アマチュア時代、オリンピックに試合をした経験が役立ちました。オリンピックの時は、2週間前に現地に到着しました。しかし、ナポレス戦の前には、3週間前に現地入りするようにしました。チャンピオンになるチャンスを少しでも掴むためには、現地に十分な期間滞在して環境に慣れる必要があると分かっていたからです」(ストレーシー)

試合が行われたプラザ・デ・トロス・メキシコは世界最大の闘牛場で4万2千人の観衆を集め、「英国から応援に来てくれたのは24人だけだったよ」(ストレーシー)という中で試合は始まったが、初回、ストレーシーはいきなりダウンを喫する。さすがにナポレスと面食らったストレーシーだが、ここから力を発揮した25歳の挑戦者は、第6ラウンド、怒涛の連打でストップ勝ち。名王者ナポレスに引導を渡した。

「ボクシングを始める前は歌手になりたかったんです」というストレーシーは、1978年に現役を引退するとショー・ビジネスの世界に転身。多くの一流アーティストとも共演し、ラスベガスでもショーを行っている。

6月11日から開催れるFIFAワールドカップ2026は、アメリカ、カナダ、メキシコの3カ国共同で開催されるが、イングランドは1966年の自国開催大会で優勝して以来、頂点から遠ざかるが、ストレーシーは「1966年の優勝は英国人として特別の時間だった」と回顧。

「この曲は2010年頃に作ったんだけど、何年も特に動きはなかったんです。だけど、最近、聴いた人たちが気に入ってくれたので、2026年のワールドカップに合わせてリリースすることになりました」(ストレーシー)

メキシコで無敵のナポレスを破り世界の頂点に立ったストレーシーは、メキシコシティでイングランドチームが栄冠を勝ち取る日を心待ちにしている。そして、イングランドが勝ち上がれば、この曲と共にストレーシーの名前も注目されるだろう。